やさしいコミュニケーション ② お名前は?

Introduction (the full text in Japanese continues below (日本語の本文が続きます)):

ワシントン日本商工会の会報における連載の最新記事です。どなたか新しい方に会ったとき、まず気になるのが、相手をどのように呼ぶべきかでしょう。連載2回目の私も、まだ会報にお邪魔させていただいたばかりです。今回は、米国における名前の丁寧な呼び方について取り上げます。(下記の記事はワシントン商工会会報2026年5月号から転載しています。)

“Kind and Clear Communications (#2): How Would You Like Me to Call You?”

When we meet someone new, one of the first things we think about is what to call them. As this is my second installment, I, too, have just met the readers of the newsletter. Here, I discuss polite ways to call someone’s name in the United States.

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どなたか新しい方に会ったとき、まず気になるのが、相手をどのように呼ぶべきかでしょう。連載2回目の私も、まだ皆様とご一緒したばかりです。そこで今回は、米国における名前の丁寧な呼び方について取り上げます。

まず、日本に比べると、米国は下の名前で呼び合うイメージが強いため、どういう時に名字を使うべきか分かりづらいかもしれません。

子供の頃は、先生や友達の親御さんなどを必ず名字で呼ぶように教育されます。学生の時も教授や講師をきちんと名字で呼びますし、仕事に応募する際のカバーレターなども、担当者の名前を調べ、名字を使って丁寧に書きます。(卒業して成人してから学校を訪ねると、昔の先生に「これからは下の名前で呼んでね」と言われ、驚くこともあります!)

あまり年齢に関係なく、周りのほとんどの人を下の名前で呼べるようになるのは、職場に入ってからでしょう(肩書が重要な政府機関など、一部例外はあります)。取引先など外部の方とやり取りをする際は、自己紹介における相手の名乗り方に従います。分からない時は名字を使えばよいでしょうし、相手が堅苦しいと感じれば、Call me Stacy. などと明示的に言ってくれるでしょう。しばらくメールなどでやり取りをして、十分親しくなった時には、冒頭で Hi Fred (if I may) と書けば、「よろしければ今後は下の名前で呼ばせていただきます」と一言で表現できます。

日本における珍しい漢字の名前でも同じことが言えますが、米国は多様な背景の方が多いため、綴りを見ても読み方が分からないことが頻繁にあります。私は通訳の準備をする際、スピーカーが過去に行った講演の映像や出演した番組の検索をよく試みるのですが、何も出てこない場合は、名前の発音の仕方を本人や周りの人に当日確認するしかありません。

名字に関しては、もとは別の国のものでも、米国に移民した後で英語らしい発音に変わる場合があります(名字ではありませんが、たとえばアイオワ州のDes Moines(デモイン)市は、フランス語が英語化した一例です)。また、同じ名字でも、それぞれの家系の歴史によって読み方や綴りが異なる場合があります。私の知り合いにも、日本の「森さん」がMoreyさんになった日系アメリカ人の方がいます。いろいろと複雑ではありますが、名刺交換の際に発音を聞けば、会話のネタになります。どこから来た名字かを聞いても話が広がりますが、その場合には、「ヒスパニックのお名前ですか」などと決めつけず、May I ask the origins of your name? とオープンな形で聞いた方が丁寧でしょう。

1790年(米国で初めて国勢調査が行われた年)と2020年に最も人数が多かった米国の名字トップ15(ハイライトされた名字は、双方のランキングに登場するもの)(米国国勢調査局「List of Top 15 Last Names in the United States Has Changed Less in the Last 230 Years Than You Might Think」より)

下の名前に関しては、ニックネーム、2~3文字のイニシャル、ミドルネームを使う方もいます。日本の駐在員にも、本名を短くしたニックネームを使っている方がいますが、覚えてもらいやすいだけでなく、親しみも感じられて、素晴らしいと思います。 名字か下の名前か、どう発音するのか、ニックネームやミドルネームがよいのか。英語では、日本語以上に多様な呼び方があります。名前は相手の大切なアイデンティティです。憶測するより、How would you like me to call you? と聞くと、そこから会話が始まり、良い人間関係のスタートを切ることができるように思います。

やさしいコミュニケーション ① 人にも自分にも

 

Introduction (the full text in Japanese continues below (日本語の本文が続きます)):

大変ありがたいことに、今月からワシントン日本商工会の会報で連載を担当させていただけることになりました。本連載では、米国におけるコミュニケーションに焦点を置き、ローコンテクストで分かりやすい表現の仕方を取り上げます。同時に、日本の良さでもある気配り、そして共感を得られるような形で自分らしさをどう反映できるかについて話します。人にも自分にも優しく、易しい。真摯に、率直に、なるべくオープンに。そのようなコミュニケーションの仕方を目指して、連載をしていきたいと考えています。初回の今回は、自己紹介も兼ねて、なぜコミュニケーションを重視してきたかについて語ります。(下記の記事はワシントン商工会会報2026年4月号から転載しています。)

“Kind and Clear Communications (#1): For Yourself and for Others”

I feel very fortunate that I now have a new platform: starting this month, I will be writing a column in the newsletter of the Japan Commerce Association of Washington, DC. In this series, I will focus on communication practices in the U.S. and ways to express ourselves clearly in a low-context culture. At the same time, I will discuss how to be mindful and considerate of others—values Japan is known for—while remaining authentic in a way that builds empathy. I hope to discuss a communications style that is easy to understand and kind to both ourselves and others—in other words, sincere, straightforward, and open. In this first installment, I discuss my background and explain why I value communications.

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今月から新たに連載を担当させていただく岡崎詩織です。本連載では、広報や通訳といった現場を見てきた経験から、米国におけるコミュニケーションのあり方や、そこにどのように相手への気遣いを盛り込んでいけるかを取り上げます。様々な組織やビジネスのリーダーとしてワシントンで活躍され、英語を駆使してお仕事をされている皆様のお役に立てれば幸いです。

初回の今回は、自己紹介も兼ねて、なぜ私がコミュニケーションを重視しているかについてお話しします。

人生の最初の9年間をホノルルで過ごした私は、恵まれた環境でのびのびと育ちました。ハワイは、人口の半分がアジア系で、地理的にも文化的にもアジアとアメリカの間にあります。私の友達は複数の国に祖先をもつ人ばかりで、それぞれの文化や自宅での習慣を語り合い、共有するのが当たり前でした。

そんな中、駐在員だった父が日本の本社に呼び戻され、家族で東京に引っ越すことになりました。公立の小学校に転入した私は、友達作りに苦労しました。最初こそ珍しがられたものの、そのうち無視されるようになり、先生にも疎まれるように。皆の態度が変わった理由が分からないまま通い続けましたが、卒業間際に、それでも付き合ってくれた友人が、「自慢するから人が離れていった」と教えてくれました。自分たちで掃除や給食の配膳をすること含め、日本の学校で目にする様々な真新しいことに対し、「アメリカでは」「ハワイでは」と比較したり、皆が静かに聞いている授業中に何度も手を挙げたりしたことが嫌がられたようです。

今振り返れば、どう受け取られるかを全く考えていなかった、嫌われて当然の言動でした。その後少しずつ友人ができましたが、私は日本の小学校でのことを恥ずかしく思い、長らく隠していました。20代半ばになって、どんな逆境にあっても臆せず欲しいものを追求する友人に出会いました。彼女は、自分が過去にいじめられたことをオープンに話していました。こんなに輝いている人でさえそんな目にあったのか、と驚くとともに、それをよいエネルギーに転換して次世代の人たちを勇気づけている彼女に大いに刺激を受けました。人間関係が不得意な私にも、孤独感や寂しさが人一倍分かるという強みがあり、それを未来に向けて活用できると気づいた瞬間でした。

どの言語であれ、真摯な態度は伝わります。率直に考えを伝えた方が心が通いますし、深い話をしてもよい場合は、全体的な人生観や立場も明らかになり、信頼を得やすいと考えます。私が過去の話をすると、多くの人たちがそれに応え、自分のことを語ってくれます。私にとっても、人に話すことで傷が癒えてきましたし、試行錯誤を繰り返してもがいてきた人生も、人に語るときにはそれなりのナラティブにまとまり、悪くないと思えてきます。

本連載では、米国におけるコミュニケーションに焦点を置き、ローコンテクストで分かりやすい表現の仕方を取り上げます。同時に、日本の良さの一つでもある気配り、そして共感を得られるような形で自分らしさをどう反映できるかについて話します。人にも自分にも優しく、易しい。真摯に、率直に、なるべくオープンに。そのようなコミュニケーションの仕方を目指して、連載をしていきたいと考えています。

来月からは具体例も交えて、コミュニケーションの様々な側面を見ていきます。どうぞよろしくお願いします。